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東京地方裁判所 昭和41年(ワ)461号 判決

原告 株式会社 広紀

被告 日本駐車ビル株式会社

主文

被告は原告に対し金三万一、一一二円及びこれに対する昭和四一年二月一日から支払ずみに至るまで年五分の割合による金員を支払え。

原告その余の請求を棄却する。

訴訟費用はこれを一〇〇分し、その一を被告の負担とし、その余を原告の負担とする。

この判決は、第一項に限り、仮に執行することができる。

事実

一、原告訴訟代理人は、

「被告は原告に対し金四三六万二、五五〇円及びこれに対する昭和四一年二月一日から支払ずみに至るまで年五分の割合による金員を支払え。

訴訟費用は被告の負担とする。」

との判決並びに仮執行の宣言を求め、その請求の原因として、

(一)  東京都新宿区戸山町四三番地所在鉄筋コンクリート建日本駐車ビル(以下本件建物という)は被告の所有である。

(二)  原告は昭和四〇年一〇月一日被告から右建物のうち四階北側約一四・八七平方メートル(約四・五坪)を倉庫として使用する約定の下に賃借した(以下倉庫として使用していたものを本件倉庫という)。

なお、本件建物はもともと駐車場として建築されたものであるが実際はその大半が倉庫として利用され、原告は右場所を湿度の低い倉庫として借りたものである。

(三)  そして、原告は爾後右倉庫にインデツクスD八八、パンフレツトその他の商品を保管していたところ、

(1)  昭和四〇年一一月一六日頃天井から漏水があり(以下第一回の漏水という)、このため商品は吸湿し、損害を受けた。原告は直ちに商品を他に移動し、被害拡大防止の措置を講じるとともに被告も原告よりの通報により漏水防止の措置を講じた。

(2)  しかるに、昭和四〇年一一月二二日頃、更に天井から漏水があり床上にまで水が溜り(以下第二回の漏水という)、多量の商品が水につかり損害を受けた。

その際、被告は階上の漏水個所に漏水防止のコンクリートを打ち、補修工事を施行するとともに、原告に対し最早漏水することはないと確約した。

(3)  更に、昭和四〇年一二月二七日頃漏水があり、床上一〇センチメートリから二〇センチメートルに達する漏水となり(以下第三回の漏水という)保管商品に多大の損害を与えた。

(四)  右のとおり前後三回にわたつて天井から漏水があり保管中の商品が汚染し、商品等としての価値を喪失したが、右漏水の原因は被告において本件漏水の数か月前から従前五階であつた本件建物に六階を新しく増築する工事を行い、その工事にさくがん機等を使用したため、右工事によつて該工事の施行場所である本件倉庫の天井である五階にひび割を生じたために漏水を生じたものである。従つて被告は本件建物の設置保存に瑕疵があつたのであるから、被告は民法第七一七条により所有者として原告が蒙つた損害を賠償すべき義務がある。

(五)  右漏水により原告の蒙つた損害は次のとおりである。

(1)  インデツクス関係

インデツクスD-八八 二四九台 単価三、四五〇円 合計八五九、〇五〇円

同S-七七 二七四台 単価二、九五〇円 合計八〇八、三〇〇円

同P-五五 三五三台 単価一、二五〇円 合計八八二、五〇〇円

同用カード四〇〇枚入三〇〇組 単価五五〇円 合計一六五、〇〇〇円

同用具 用紙五〇〇枚入三〇個 単価五〇円 合計七五〇、〇〇〇円

合計 金三四六万四、八五〇円

(2)  パンフレツトその他

説明書 二〇〇〇枚入七・五個 合計 三〇、〇〇〇円

封筒大及び中 合計 三二、五〇〇円

パンフレツト五〇〇枚入一九個 合計 九五、〇〇〇円

段ボール箱用材料 合計 四三、〇〇〇円

合計 金 二〇万〇、五〇〇円

(3)  エレクトロゴルフ用

コンピユーター及び部品一式修理費 金六九万七、二〇〇円

以上総合計 金四三六万二、五五〇円

(六)  よつて原告は被告に対し金四三六万二、五五〇円及びこれに対する本件訴状送達の日の翌日である昭和四一年二月一日から支払ずみに至るまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

と述べ、被告の抗弁事実を否認した。

二、被告訴訟代理人は「原告の請求を棄却する、訴訟費用は原告の負担とする」との判決を求め、答弁及び抗弁として、

(一)  請求原因第(一)項の事実は認める。

(二)  同第(二)項の事実は原告主張の日に原告主張の建物部分を自動車一台のスペースとして、契約期間一か月の駐車契約をし、そこを原告において区画仕切りをして倉庫として使用させたことは認めるが、その余の事実は否認する。

本件建物はもともと駐車場として建てられたものであり換気装置、防湿装置等ないのはもとより、吹き抜けで、時には車輛の洗じようもされるビルであり、原告はこのような事情を十分承知の上で使用を始めたものである。

(三)  同第(三)項の事実は、第一回の漏水は不知、その余の二回の漏水は認めるもその日時は第二回は昭和四〇年一一月二六日頃であり、第三回は同年一二月二八日頃である。なお漏水についての事実は次のとおりである。

(1)  第一回の漏水については、被告はこれを知らず、原告からの通報もなかつた。

(2)  第二回の漏水については漏水の事実は認めるも溜水の事実は否認、その余の事実は争う。

階上五階は本件倉庫のある四階と同様に内壁に向つて低く傾斜し、排水管によつて排水するようになつていて第二回漏水後、排水の方向を変える目的で、その場所を仕切るため仕切りのコンクリートを打つたこと、並びに原告の水を吸つたじゆうたん一枚を被告において洗濯したことはある。

(3)  第三回目の漏水の状況は商品を移動した後において排水管の近く一番多いところで一〇センチメートル位の溜水があつた。

(四)  同第(四)及び第(五)項の事実を争い、民法第七一七条の損害賠償義務は認めない。

すなわち、民法第七一七条による損害賠償義務は工作物の占有者及び所有者とそれ以外の者の間の責任を規定したものであつて、占有者、それも本件の如く、本件建物の性質を十分承知して使用権限を与えられた占有者との関係を規定したものではない。

(五)  なお、仮に損害賠償義務があるとすれば、本件事故の損害につき原告には次のとおりの過失があるので過失相殺を主張する。

(1)  原告は被告に断ることなく勝手に本件倉庫内の排水管をふさいで、水はけをとめていた。

(2)  又、被害が明らかになり、その後の緊急措置がとられた後において原告は補修するとか、通常価格で売却できるものは売却するとかの損害拡大防止上の措置をとらず慢然と時間を浪費し、かえつてその間銹などによる損害を拡大している。

(六)  よつて、原告の本訴請求は失当である。

と述べた。

三、証拠関係〈省略〉

理由

一、本件建物が被告の所有であること及び原告がその主張の日時右建物のうち四階北側約一四・八七平方メートルを被告から借受け倉庫として使用していたことは当事者間に争いがない。

二、そして本件の証拠によると次の事実が認められる。

(一)  原、被告間の契約について

成立に争いのない甲第一号証、証人湯沢行雄の証言及び原告代表者本人尋問の結果(ただし、後期措信しない部分を除く)並びに検証及び鑑定人西田浩平の鑑定の結果を綜合すれば、本件倉庫はもともと原告が駐車場である本件建物のうち原告主張のスペースを借り自己の費用で区画をつけこれを倉庫として利用したもので、換気及び防湿等の装置もなく、湿度の多い倉庫ではあつたが、被告としても右場所を倉庫として利用させる以上天井から水が漏れてしたたるようなことを前提とするものではなく、天井が完全なものとして貸したことが認められる。右認定を左右する証拠はない。

なお、原告は右倉庫は湿度の低いことを前提として約定した旨主張し、原告代表者本人尋問の結果中には右主張にそう部分もあるが、右は前記採用の証拠並びに原告本人尋問の結果中、倉庫内の排水管から水が飛び散る状態となつていたとの供述部分に照し信用できず、その他右事実を認めるに足る証拠はない。

(二)  漏水の事実及び損害等について

(1)  第一回の漏水について

証人中原欣洋の証言、原告代表者本人尋問の結果並びに検証の結果を綜合すれば、本件倉庫については昭和四〇年一一月一六日頃天井から少し漏水があつたが、被害らしい被害もなく、被告にも話をすることもなく、過ぎたことが認められる。右認定を左右する証拠はない。

(2)  第二回の漏水について

昭和四〇年一一月二〇日過ぎ頃天井のひび割れから漏水があり、被告において水を吸つたじゆうたん一枚を洗濯したこと及び同時に漏水を防ぐために五階の排水の方向を変えるための仕切りをした事は当事者間に争いがなく、右事実と証人中原欣洋、同湯沢行雄の各証言並びに原告代表者本人尋問の結果(ただし後期認定に反する部分を除く)を綜合すれば、昭和四〇年一一月二六日頃、本件倉庫には天井から漏水があり、床に水がしたたり、床においてあつたじゆうたんが水を吸い、原告からの申出で被告がそのうち一枚を洗濯し、かつ今後漏水が起らないように排水管の方に水が行くようにコンクリートで防水したこと及び右以上にさしたる損害もなく終つたことを認めることができる。右認定を左右する証拠はない。

(3)  第三回の漏水について

昭和四〇年一二月二七、八日頃漏水があり、商品を移動させた後において一番深い所で約一〇センチメートル程度の溜水があつたことは当事者間に争いがなく、右事実に証人中原欣洋の証言、並びに証人湯沢行雄の証言及び原告代表者本人尋問の結果(以上後記措信しない部分を除く)を綜合すれば、前記約定に拘らず十分に修理ができていなかつたため、昭和四〇年一二月二七、八日頃第三回目の天井のひび割れからの漏水があつたが、この時はかなりひどく排水管をふさいだことも重なつて、倉庫の床は南から北に北東すみにある排水管の方に次第に下に傾斜しているが、その床の北側約五分の三程度に溜水し、一番深い所で約一四・五センチメートルに達したため、上からの漏水と、溜水により、当時倉庫一杯に保管してあつたコーキインデツクス、紙製品等にかなりの損害を蒙つたことが認められる。証人湯沢行雄の証言及び原告代表者本人尋問の結果中、右認定に反する部分は信用し難く、その他右認定を左右しうる証拠はない。

なお、右漏水の原因となつた天井のひび割れが、被告の増築工事によるとの原告の主張については、これにそう原告代表者本人尋問の結果があるが直ちに措信し難く、その他これを認めるに足る証拠はない。

三、以上の認定の事実を綜合すれば、本件においては被告がその所有する本件建物の一部を原告に賃貸し、原告の負担において右場所を区画し、倉庫として利用していたこと、右については被告もこれを了承し、当事者間においては天井から漏水等がないことを前提としての貸借であつたが、天井にひび割れがあり再三にわたり漏水を生じ、昭和四〇年一一月終頃にはその修繕方を被告に申入れをなし、被告においても修理したが十分でなく、第三回目の漏水並びに溜水となり、遂に大きい被害を蒙つたものと言わなければならない。

四、ところで、原告の主張によると、原告は右事故につき民法第七一七条の規定に基き、本件倉庫の占有者たる原告からその設置保存の瑕疵を理由に所有者である被告に対しその瑕疵より生じたとする損害の賠償を求めるものであるが、右規定は、土地の工作物の設置又は保存に瑕疵があり、これによりて他人に損害を生じた場合における占有者と所有者の責任について規定するもので、ここに言う他人とは責任者である占有者及び所有者以外のものを指すものと解されるので、占有者たる原告から所有者たる被告に対しては同条に基く責任の追求はでないものと言わなければならない。従つて、同条に基く原告の請求は爾余の判断をするまでもなく理由がない。

五、しかしながら、原告がその請求の原因として主張するところは、原告が被告所有の本件建物の一部を湿度の少い倉庫として借受け商品を保管していたところ、被告が増築工事をなし、その工事によつて本件倉庫の天井である五階の床にひび割れを生じ漏水事故を生じ、その後二度にわたり防水工事を行ない最早漏水による事故はないと約束しながらその工事が十分でなかつたために本件溜水事故を生じたものであるからその損害賠償を請求すると言うのであるから(法律上の主張は前記四のとおりであるが、裁判所は当事者の法律上の主張に必ずしも拘束されるものではない)原告の主張するところは被告の債務不履行責任の主張を含むものであると解するところ、前記二、三認定の事実によると被告は少くとも本件倉庫の天井から漏水しないと言う事を前提として、本件建物の一部を貸したところ、天井にひび割れがあり、これが修繕を要求されながら十分その義務を尽さず、ために本件損害が発生したもので、被告は右倉庫の賃貸人として修繕義務違背の債務履行により発生した損害として右事故による損害を賠償すべき義務がある。

六、従つて、次に右事故による損害額について検討する。

原告は本件事故による損害として金四三六万二、五五〇円を請求し、原告代表者本人尋問の結果によると、その損害額は約金五〇〇万円と供述し、鑑定人中山保富の鑑定の結果によると紙製品を除きコーキインデツクス修理費及び箱取替費のみで金三九万三、九〇九円であり、又証人中原欣洋の証言によると被害額約四〇万円と供述する。しかしながら、以上の証拠は、その内容とするところ正確性に欠けるところがある。すなわち、原告本人尋問の結果は証人渡辺賢一の証言並びに同証人の証言により真正に成立したと認める乙第二号証、並びに本件に顕れたその他鑑定の結果と余りにもかけ離れておる上、客観的な裏付に乏しく、又鑑定人中山保富の鑑定の結果もその内容からみてその方法余り正確なものとは認められず、かつ弁論の全趣旨から認められる同人は証人として出頭しその鑑定の結果の正当性を証言することができなかつたなど必ずしも信用できない。

そして、証人西田浩平の証言並びにその内容により鑑定の方法もつとも正確と認められる鑑定人西田浩平の鑑定の結果によると、鑑定時である昭和四一年三月一五日ないし同年四月七日における本件事故における損害はコーキインデツクス金一万四、六六五円、紙類金二万〇、九五〇円、ポリ袋金一六二円であることが認められる。右認定に反する証人矢口普雄の証言は証人西田浩平の証言並びに同人の鑑定の結果に照して信用できず、その他右認定を左右しうる証拠はない。

七、次に被告の過失相殺の主張について判断する。

(一)  被告は先ず、原告が勝手に排水管をふさいだことに過失があると主張し、弁論の全趣旨によると排水管がふさがれていたことは認められ、証人湯沢行雄の証言中にはこれを原告が勝手にした旨の供述部分があるが、原告代表者本人尋問の結果によると、これは被告がしたとの供述があり、右湯沢証人の証言のみでは直ちに原告が勝手にしたとの事実は認めるに十分ではなく、他に右事実を認めるに足る証拠もないので、右過失の点は爾余の判断をするまでもなく理由がない。

(二)  次に、被告は損害拡大防止上の措置をとらなかつた点に過失がありと主張し、鑑定人西田浩平の鑑定の結果によるとコーキインデツクスについては本件事故後適切な処置をとらなかつた事から銹の発生、増大があり、被害額が増大したことが認められ、右は原告の過失と言うべきであるから、右過失を斟酌するときはコーキインデツクスの損害について被告の負担すべき額は金一万〇、〇〇〇円であることが認められる。右認定を左右する証拠はない。

八、以上説示の理由により、被告はその債務不履行による損害賠償として合計金三万一、一一二円を原告に支払うべき義務があるところ、本件訴状が被告に送達された日の翌日が昭和四一年二月一日であることは記録上明らかであるから被告は原告に対し、右金員と、右金員に対する同日以降支払ずみに至るまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金を支払うべき義務があると言わなければならない。

九、よつて、原告の本訴請求は右の限度において正当であるからこれを認容し、その余は失当として棄却することとし、訴訟費用の負担について民事訴訟法第八九条、第九二条を、仮執行の宣言について同法第一九六条を各適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 三宅純一)

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